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東日本大震災が発生してから9日間が過ぎようとしている。

この間に、政府関係者、個人的な知り合いを含め、当地のベトナム人からは数々の問い合わせ、激励、日本に対するお悔やみを頂いた。その中にはわざわざオフィスまで足を運んでくれた方々も居た。ベトナムという国が災害頻発国であるということ、特にフエは大きな被害を出した1999年の大洪水を経験しているということもあってか、こうした災害には同情の感が強いのかも知れない。

また同時に、複数のSNSやEmail、Skypeなどを通じて、私がベトナムに居ることを知りながらも世界中の知り合いが私の安否を確認してくれたことは非常に有り難く、新鮮な体験であった。余りの安否確認の多さに、数日間はその返答にかかりっきりになった位であった。

特に反応が早かったのがイタリア人グループであった。元々仕事の関係もあり、イタリア人の知り合いが多かったということもあるが、イタリア人は友人の繋がりを家族の様に大切にするということもあり、大震災のニュースが報道され始めるや否や、すぐさまFacebook、Skype、Email等を通じて「大丈夫か」と確認が届いた。余りにイタリア人らしい。

こうした機会に人と人との繋がりが再認識できたのは大きな収穫であった。大震災は正にソーシャル・ネットワークを実感させてくれた。これだけの人の元に己があるのだということを改めて感じさせてくれた。連絡をくれた皆に、この場を借りて改めて感謝したい。

私の親戚もある東北地方、ニュースを見れば見るほど心の痛む災害である。
昨夜はニュースの見過ぎか、災害の夢を見てしまった。

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さて、話しは変わって大震災に絡んでベトナムでもちょっとした混乱が起きている。

大震災と原発事故の後、「震災の影響で酸性雨が降る」「放射性物質を含んだ雨が降る」などといった出所不明の情報がベトナムで流され始めた。更には、日本のヨウ素についてのニュースが伝わったのか、「放射線の雨に当たったら、特別な薬を薬局で買って飲まなければならない」といった情報までもが流され、ベトナム人は大混乱。

我がプロジェクトのスタッフや政府職員でさえ、「酸性雨や放射線の雨が降るから、雨の日は外に出ない様に注意が出ている」などといってラグーンに行くのを渋る人も出てきた。

そんな情報をどこで入手したのか訊ねると、皆、Yahoo alertから送られてきたとか(偽メールと思われる)友人からメールが転送されてきたとか、どれもこれもそういう情報を信じるなよ、という情報源ばかり。公式な情報は一切確認せず、慌ててそれをまた知り合いに転送するから大混乱になる。ベトナムらしいと言えばらしいが。

そういえば、フィリピンでもそういう情報が出回っているとニュースにあった。

これを受けてベトナム政府も、放射性物質を含んだ雨が降るとか、そういう事実はないから冷静に行動するよう国民に呼びかけている。

大震災を受けた被災地の人々より、遠く離れたベトナムの人の方が混乱に陥っている様に映るのは私だけか?
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今年もテトが近づいてきた。今年の元旦に当たるのが2月3日。

去年もテト前の危ない食品について書いたが(こちら)、今年もさっそく盛り上がってきている。

最近ニュースに出てきたのがチリソース。赤いケチャップ状のソースで、辛いもの好きのフエ人はよく使っているものだ。このチリソースから、食品に使用禁止されている「ローダミンB」という薬品が検出されたという。これは本来、工業染料として使われており、発ガン性があるため食品には使用が禁止されているとか。

去年のスイカの種と同じ薬品である。

何だか加工の過程が非衛生的で菌が検出されたとか、そういう過失ではなくてこういうのは確信犯だから怖い。とにかく安く作って金が儲かれば人々の健康はどうでもいいということだ。いかにも急成長中の今のベトナムらしい。

★ ウェブ検索したら、実は2007年に中国産チリソースで似た問題が発生していた模様
ハノイ:チリソースの発ガン性色素を検査

実は、ベトナムで危ないのは何もこういう加工製品に限ったことではない。市場の野菜類から検出される残留農薬は、数十パーセントという高い割合で基準値を超えているし(ハノイ・ホーチミンでの調査)、養殖は当たり前として、海から揚がる魚だってマグロ類なんかは大分薬品付けになっていることがあるという(現在調査中)。

氷などでの保存設備が不十分な船が手っ取り早く比較的安い方法として魚に薬品を撒くのだそうな。
市場に並んだ天然の魚だからといって薬品が使われて無いということはないのだ!

ドイツ政府なんかはベトナムに複数年住むと健康に害がある可能性があるので、滞在期間を限る様に勧告を出しているとドイツ人の知り合いが言っていた。なんちゅう危ない国なんだ。。。

大分更新が滞ってしまいましたが、この3週間位、しばらく日本に一時帰国していました。

暑くてストレスの溜まるフエを離れて涼しい日本へ。残暑もひと段落して丁度いい時期に日本訪問となりました。雨が多かったけれども、フエなんかの雨と比べたらかわいいもの。

それにしても日本は言ったことや注文したことがすぐに正確に処理されていくのが愉快でした。「ああ、サービスってこうあるべきだよね」とか、とにかく普通のことが普通に出来る社会(サービス産業)にまたとない快適さを感じたのでありました。ベトナムにいるとこういう「普通」のことが何一つ普通に処理されませんからね。

何でもいちいち交渉したり喧嘩しなきゃいけない社会はやっぱり疲れると改めて実感。

日本ではとにかくフエでできないことを日々楽しんできました。寿司、蕎麦、ラーメン、ジャンクフード、美味いコーヒー、美味い飯、日本酒、バー、スムースでぼったくられないサービス、便利な電車、本、Blue Note、そしてテニス観戦。

帰国中に丁度、東レ・パンパシフィック・オープンが始まるという情報をキャッチして早速初日からテニスの聖地有明に乗り込んできました!!

かなり久々の有明。昔は豊洲からバスでいかなきゃいけない結構の遠出だったけれど(どんな前の話だ?)、今はりんかい線でスタジアムの真ん前まで行けるらしいとのこと。渋谷から20分!昔では考えられないアクセスの良さだ!あまりのアクセスの良さに2日も行ってしまった。

国際展示場駅を出て暫く歩くとありましたありました、有明コロシアム!あの辺りの土地の開けた感じと、選手泣かせの相変わらずの風の強さ、そしてコロシアムの規模!次々と記憶が蘇ってきます!会場の中にある外コートでは早速スコーン、スコーンと選手のボールを打つ音が。いい!!

そしてコロシアムの中へ。おーやってるやってる!センターコートです!!

第一試合 チブルコバ vs. パブリュチェンコワ

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女子も昔と比べて断然球速が早くなったことを実感。そしてロシア・東欧選手の全盛。

センターコート第二試合は何とラッキーなことにハンチュコバ(対ケルバー)!

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ハンチュコバは文句なく素晴らしい。

大会3日目には対クルム伊達の試合も。40歳誕生日だった伊達勝利!あの歳であのプレイは脅威的ですね。

その他にも写真は取れなかったけれど、デメンティエワの試合やヤンコビッチの練習も観てきました!!

やっぱりテニスはいい!本当はトーナメント全てを見に行きたい位だったけど、とりあえず今回は2日だけで。大会記念Tシャツもゲットしました!
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我が家の本日のまかない飯。

クスクスに、ハノイで買ってきた「カッテージチーズとオリーブのハーブ油漬け」、我が家で採れたミニトマト、そして納豆づくりの過程で余った大豆に、極上オリーブオイルをかけて。

Simple is the bestを実感。

p.s. ちなみにこのオリーブオイルお勧めです。
かけたものがたちまち美味しくなる魔法のオリーブオイル。
皆様もご存知の通り、あれだけ治安が良いと言われてきて(尤も最近は不安定な部分もありましたが)国際機関も集中しているバンコクでデモ隊と軍との衝突があり、ロイターの日本人記者が銃撃され命を落とされたとの報道。デモ隊の拠点となっていた地域には私の所属する組織のバンコク事務所もありとても人事とは思えない風景であった。

いつでも前線に入り、その様子を取材する人が居なければ、こうした惨状や事実が我々の目に触れることはないという意味で、彼らの活動は非常に価値あるものだ。その過程で命を落とした方がいるというニュースには心が痛くなる。

ただ、以前のヤンゴンでの事件や今回のバンコクでの銃撃事件を見るにつけ考えるのは、記者の危機管理という問題である。デモ隊・軍隊双方が衝突しようという、正にその前線に入るその人が、防弾チョッキすら身につけていなかったというのは一体どういうことか。

私自身が仕事で前線に行くことは無いが、治安の著しく悪化した場所に立ち入るスタッフがある場合は、必ず防弾チョッキ、防弾ヘルメット、無線、そして事前のセキュリティー・ブリーフィングがなされている。今回の様にカメラを肩に担いだ取材の場合、ヘルメットが邪魔になることもあるのかも知れないが、ヘルメットを仮にしていなかったとしても、防弾チョッキを身に着けていさえすれば、被弾対象を手足か頭に減らすことが出来る為、致命傷を受ける確率をかなり下げることが出来ただろう。

現に、ヤンゴンもバンコクでの銃撃も、頭ではなく、腹や胸を打たれての死亡である。防弾チョッキで守ることが出来た筈の命だったかも知れない。

最近は軽量の防弾チョッキも出回っているであろうし、防弾チョッキを脱がねば取材が不可能なシチュエーションもそうそうないだろう。そう考えるとヤンゴンもバンコクも、日本人記者の被弾~死亡は非常に残念な結末である。

前線に飛び込むことは勇気と使命の居ることだ。前線で起こっていることを伝えることは価値のあることだ。しかしそれは無防備で飛び込むことを意味してはいない筈だ。価値ある取材であり、価値あるジャーナリストであるからこそ、十分な危機管理をして現場に飛び込んで欲しいものである。それでも起こる悲劇はあろうが、それだけで無駄な命が一つでも失われずに済むことだろうにと、この事件を見て感じたのである。

記者さんのご冥福を祈りたい。
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