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皆様明けましておめでとうございます。

今年の初詣はフエ歴代皇帝のお墓参りとなりました。

フエに4年も住んでおきながら皇帝の墓参りは実は初めて。いまさら言えない秘密です(笑)。

ちなみにフエは1802~1945年までの約140年の間、ベトナム最後の王朝となったグエン朝があった土地。世界遺産にも指定されている。

最後が1945年だからそんなに前の話ではない。今でも王族の末裔に街で出会うことがある。といっても、王族の末裔は、今は王宮ではなく、フエの街で普通の庶民生活をしている。

王朝が続いた約140年間で実に13代もの皇帝が居た。長くて20年、短いのは2日と、理由こそ違えども、日本の首相の様でもある。

さてさて、時代を遡って1843年に建てられた二代目・ミンマン帝の帝廟(墓)から。

MinhMang01.jpg

やはり中国っぽいですね。

そして、1867年に完成した四代目・トゥドゥック帝の帝廟へ。

TuDuc01.jpg

TuDuc02.jpg

写真が上手く撮れなかったが、池が大きく緑も沢山。公園代わりに使えそうな広い帝廟だ。

皇帝も健在の時には長期滞在に使用していたらしい。別荘的な感じか。気持は分かる。

そして時代は大分進んで、1931年に完成した12代目・カイディエン帝の帝廟。

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この頃には、グエン朝は既にフランス植民地政府下にあったので、建物からもその影響は明らかだ。建物の中には40歳の誕生日にフランス植民地政府からプレゼントされたバカラのグラスや、皿や花瓶なども飾ってある。

特にカイディエン帝はフランス寄りだったと、現在のフエ人からは「非国民」的な扱いを受けていて、あまり人気が高い方ではない。とにかくフエ人は今も保守的で頑固だ。やれやれといった感じ。

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ちなみにカイディエンの次の、最後の皇帝に当たるバオダイ帝は、フランスにも留学していたりして、帰国後により近代的な政治体制づくりをしようとしたが、「保守派」の抵抗で断念せざるを得なかったという。

まるでベトキュウ(越橋=本国のベトナム人は海外で育ったベトナム人をこう呼んで外国人扱いする)扱いだ。

この辺りの、新しいものを取り入れようとしない極めて保守的なフエの気質は昔からなんだなと痛感させられるのだ。

今でもそうだよなぁ、色んな意味で。。。意味もなく頑固。
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2007.09.30 戦争と正義
フエの城壁に弾痕を見つける。それがどうも頭の中でヤンゴンでの日本人ジャーナリスト射殺と重なってしまう。

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フエはベトナム戦争後期、1968年のテト攻勢の一拠点となった土地である。フエは通称「17度線」から約100km南に位置しており、戦争中は南ベトナムに属していた。

しかし1968年のテト攻勢で街中は戦火にまみれた後、フエは「北」(北ベトナム軍及びベトコン)に占領され、そして南ベトナム関係者や一般市民が次々と処刑されてゆくという忌々しい過去を引きずる街でもある。当時の街では処刑者のリストが配られ、その殆どが射殺された様だ。

一方の「正義」を唱えるアメリカに支えられた「南」はサイゴンの路上で報復的にベトコンのスパイを射殺した。(http://en.wikipedia.org/wiki/Eddie_Adams_%28photographer%29)

戦争なんてもんはそもそも何が正義かなんて分からない世界である。今は穏やかで平和なフエの街の風景、かつては射殺された人々が道に転がり、人々は空爆に怯え逃げ惑っていたということが遽かに信じがたい。私が毎日歩いている道でも、人々が射殺され横たわっていたのかと思うと遣る瀬無い気持ちが沸き起こる。

空爆で破壊された王宮の脇には、今でも米軍の戦車が置かれている。40年の風雨に晒され錆びきった車内には、当時使用されていた形跡が今でも残っている。

その戦車の脇で静かにシクロをこぐおじさんの父親は戦争中に殺されたという。彼は40後半から50そこそこである。この世代が皆、あの忌々しいフエの街の風景を見てきたのかと思うと複雑な気持ちになる。

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この間訪れたコミューンで会った10人の漁師さんの内3人が何らかの(恐らく後天性の)身体障害があった。写真のおじさんは戦争中に弾丸がコメカミを貫通し、足などにも被弾したという。それ以来、彼の片目と片手足も機能していない。しかし彼の表情は極めて穏やかだった。

その会合を手伝ったスタッフの2人は親指が二本ある--枯葉剤の影響だ。彼らは戦争を直接経験していない20代の若い世代だが、今でもベトナム戦争の影響を被っている。

ベトナムは複雑な国だ。フエはもっと複雑な街だ。ヤンゴンのニュースは私に戦時中のフエに居る様な感覚を起こさせる。

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