上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
中国がらみでベトナムで問題が多いのが1)トンキン湾周辺、2)西沙(パラセル)諸島周辺、3)南沙(スプラトリー)諸島周辺だろう。

地図を見れば一目瞭然だが、北から南までベトナムはどこでも中国とトラブっている。

vietnam sea issues copy

WIKIPEDIAによれば、西沙諸島は、

「1954年の第一次インドシナ戦争の終結に伴い旧宗主国のフランスが去ってから、北緯17度以南に成立したベトナム共和国(南ベトナム)が同諸島の西半分、中華人民共和国は1956年には東半分をそれぞれ占領し、以後18年にわたり、南ベトナムと中華人民共和国の対峙が続いた。ベトナム戦争(1965年 - 1975年)中の1974年1月、中国共産党軍は西半分に侵攻して南ベトナム軍を排除し、諸島全体を占領した。この際、南ベトナムの護衛艦1隻が撃沈された(西沙諸島の戦い)。1974年1月19日に中華人民共和国によって占領、その後、同諸島は中華人民共和国の実効支配下にある。」

海底油田があることが分かっている南沙諸島だって、元々人が住んでいた島々ではないので帰属先の議論は難しいのだろうが、地理的にみれば中国大陸から大分遠くないか?と思うのは私だけか。以下の地図を見ても、どこまで中国は自分のものだと言いたいのかと思わされる。

EEZ and China

青線は、EEZ(排他的経済水域)を200海里として国連が引いたライン。これに従えば中国のEEZは西沙諸島の北までということになる。で、赤線が中国が主張する領海線。西沙諸島も南沙諸島もぜ~んぶ自分のものですよ、という主張をすることで、資源豊富なこの地域をがっぽり持って行ってしまおうという意図がミエミエだ。

それにしても勝手な解釈で境界を延ばしすぎだと思わないか。

それらの島々がどこに所属するのかを議論するつもりもないが(誰も住んでおらず歴史的に利用した形跡もないのであればどの国にも属さない筈である)、中国の最近の主張のやり方、軍事力まで使った強引さにはただただ閉口するばかりである。

言い忘れたが、トンキン湾では境界線について、中越間で一応の決着が付けられていて、両国の中間線(厳密には微妙な線引き方法がある)が引かれている。ベトナムは海南島(トンキン湾東にある島。丁度地図では"14 Ninh Binh"という文字の下に見えている島)ギリギリまで大陸棚があるからトンキン湾は全てベトナムのものだと、これまたどっちがどっちだか分からない様な主張をしていたが、EEZが重なる場合は中間線をとることが国際慣例となっているので、中国がそれを主張して中間線が引かれたのだ。

中国がベトナムに「国際慣例を守れ」と言ったという笑えない笑い話である。

しかし今でも、どっちの漁船がどっちに入り込んだのどうのというイザコザが絶えない地域だ。

EEZがらみの問題は日本でも同じで、

「外務省は15日、自民党の会合で、日中間の排他的経済水域(EEZ)をめぐり、沖縄付近まで張り出した東シナ海の大陸棚全域まで自国の権利が及ぶとする中国側の主張を「国際判例と全く合っていない。古い考えを言っている」と説明した。EEZの画定方法に関しては「海域の広さが(双方の沿岸から)400カイリに満たない場合は中間線を基準に決めるのが国際慣例になっている」とし、日中中間線を東シナ海のEEZ境界とする日本の立場の正当性を強調した。 」(産経ニュース, 2010年5月15日)

トンキン湾ではベトナムが大陸棚を主張して中国が「中間線で決めるのが常識」と言ったのに、日本には大陸棚が沖縄付近まで続いているなんて平気で言っちゃってる。相当なダブルスタンダードだ。

領海、EEZの問題はまだまだ続く。

今年には漁業資源調査で、スペインの調査船を中部の海に入れる予定だったが、その雲行きも大分怪しくなってきた。
関連記事
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://bakunam.blog64.fc2.com/tb.php/209-f5bfbadc
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。