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2007.09.30 戦争と正義
フエの城壁に弾痕を見つける。それがどうも頭の中でヤンゴンでの日本人ジャーナリスト射殺と重なってしまう。

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フエはベトナム戦争後期、1968年のテト攻勢の一拠点となった土地である。フエは通称「17度線」から約100km南に位置しており、戦争中は南ベトナムに属していた。

しかし1968年のテト攻勢で街中は戦火にまみれた後、フエは「北」(北ベトナム軍及びベトコン)に占領され、そして南ベトナム関係者や一般市民が次々と処刑されてゆくという忌々しい過去を引きずる街でもある。当時の街では処刑者のリストが配られ、その殆どが射殺された様だ。

一方の「正義」を唱えるアメリカに支えられた「南」はサイゴンの路上で報復的にベトコンのスパイを射殺した。(http://en.wikipedia.org/wiki/Eddie_Adams_%28photographer%29)

戦争なんてもんはそもそも何が正義かなんて分からない世界である。今は穏やかで平和なフエの街の風景、かつては射殺された人々が道に転がり、人々は空爆に怯え逃げ惑っていたということが遽かに信じがたい。私が毎日歩いている道でも、人々が射殺され横たわっていたのかと思うと遣る瀬無い気持ちが沸き起こる。

空爆で破壊された王宮の脇には、今でも米軍の戦車が置かれている。40年の風雨に晒され錆びきった車内には、当時使用されていた形跡が今でも残っている。

その戦車の脇で静かにシクロをこぐおじさんの父親は戦争中に殺されたという。彼は40後半から50そこそこである。この世代が皆、あの忌々しいフエの街の風景を見てきたのかと思うと複雑な気持ちになる。

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この間訪れたコミューンで会った10人の漁師さんの内3人が何らかの(恐らく後天性の)身体障害があった。写真のおじさんは戦争中に弾丸がコメカミを貫通し、足などにも被弾したという。それ以来、彼の片目と片手足も機能していない。しかし彼の表情は極めて穏やかだった。

その会合を手伝ったスタッフの2人は親指が二本ある--枯葉剤の影響だ。彼らは戦争を直接経験していない20代の若い世代だが、今でもベトナム戦争の影響を被っている。

ベトナムは複雑な国だ。フエはもっと複雑な街だ。ヤンゴンのニュースは私に戦時中のフエに居る様な感覚を起こさせる。

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